2010年2月18日木曜日

Stephen Strasburg時代の幕開け(ワシントン・ポスト紙の記事)

 2月16日付のワシントン・ポスト紙に、Dave Sheinin記者がナショナルズのスプリングトレーニング地であるフロリダ州Viera発の記事を書いていました。”Stephen Strasburg era begins for Washington Nationals”というタイトルの通り、スプリングトレーニングを前にキャンプ地で活動を開始したStrasburgを中心とした記事です。なかなか面白かったので、(いつものように)ポイントだけ紹介しておきます。(原文はこちら) 

[月曜日朝のセッションについて]
・ 月曜日(15日)の朝、非公式のワークアウトで、白のTシャツ、グレーのパンツ、黒のナイキのスパイクを身につけ(靴下なし)、ブルペン入り。
・ 見ていたRyan Zimmermanのコメント。「ただ、見てみたかったんだ。これまで彼が投げるところを見たことがなかったからね。」
・ 背番号は37。
・ 月曜日朝の本人のコメント。「楽しみだよ。新しい旅の始まりだ。」

[結婚について]
・ 1月9日、大学時代からの彼女Rachelle Lackeyと結婚(結婚式はサンディエゴ郊外のワイナリーで開かれた)。人生で初めてサンディエゴ以外の場所で生活することになった。
・ 妻Rachelleについてのコメント。ここは英語のままで(笑)。"We're great together, and we're really excited to start our new life together. I need her by my side as much as she needs me."
・ 新婚旅行はハワイ・カウアイ島へ。ただし、グローブは持参し、1日おきにカウアイ高校で投球練習。受けていた捕手は、事前にScott Borasが用意した地元の高校生Lanan Rice-Kashima(日系人でしょうね)。最初の日は2人だけだったが、噂はどんどん広まり最終日には何十人もの観衆が集まってサインをねだられることとなった。

[アリゾナ秋季リーグについて]
・ アリゾナ秋季リーグ(AFL)では、5登板のうち4試合は好投し1試合では打ち込まれたが、ナショナルズからPhoenix Desert Dogsに派遣されていたPaul Menhart投手コーチは、打たれた試合が最も重要だったと言う。「彼は、他の全ての試合からよりも、あの登板から多くを学んだ。」
・ イニング途中で降板させられたStrasburgは、Menhartがアイシングを受けに行くようにと言うまで、1人でベンチに座って考え込んでいた。隣に座ったMenhartに対して、さらにしばらく沈黙した後、ゆっくりと、しかし決然と「こんなことはもう二度とない」と言った。
・ それは、二度と打ち込まれない、という意味ではなかった。Menhartによると「彼は、打たれ方について言っていた。ストレートを投げてホームランされた後、逃げて、ストレートを投げなかったことを言っていた。2人で座って、しばらく話をした。彼がだいたいしゃべっていたな。そして、その後、彼は支配的な投球をすることになった。」
・ AFLのオールスターを欠場することになった寝違えについて、Menhartは、枕の数を多くしないようにと指示した。
・ AFLチャンピオンシップの前日の膝の故障について、本人は「100%」と言っている。Menhartのコメント。「『2回音がした』と聞いたときは恐ろしかったよ。だけど、前にも一度同じことがあったし、大丈夫だと言うのを聞いてほっとした。」
・ ナショナルズ内外の関係者の多くは、StrasburgはPotomac(A+)で開幕を迎えると予想している。Harrisburg(AA)やSyracuse(AAA)よりも気候が温暖で、Menhartが投手コーチであることが根拠。
・ Potomacで5試合に先発し、Harrisburgで更に5試合に投げると、6月までにメジャーに昇格することになる。そうすることで、FAになるタイミングを2016年シーズン終了後に遅らせることができる。それくらいは、記録的な投資を行った球団として正当化できるだろう。

[メディアへの露出について]
・ これまでのところ、球団のマーケティングにStrasburgはほとんど登場しない。看板もないし、メディアガイドの表紙にもなっていない。
・ Stan Kasten球団社長のコメント。「持っている資産は何でもマーケティングに使うのがビジネスだが、彼の成長を妨げないために、露出しすぎ(overexposure)とのバランスを考えている。」

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